東京高等裁判所 昭和35年(う)2478号 判決
被告人 株式会社ニユウランド(公衆浴場法違反)
高橋兄司(業務上過失致死)
〔抄 録〕
一、所論によると、被告会社は原判示第一の建物において貸席業を経営していたものであつて、その附属施設の一として浴場を設け、座敷料を支払つた貸席利用者に対して無料で入浴せしめていたに過ぎないから、公衆浴場法にいう浴場を経営したものではない。それ故、これに対し公衆浴場法第二条第一項違反を以て問擬した原判決は法令の解釈を誤つた結果事実を誤認したか、または法令の適用を誤つたものであると主張する。
よつて按ずるに、公衆浴場法第二条が、公衆浴場の経営につき都道府県知事の許可を要することゝしたのは、公衆浴場が多数の国民の日常生活に必要欠くべからざるものであつて、多分に公共性を伴う厚生施設である点に鑑み、その配置、構造、設備等につき公衆衛生、或は風紀上特別の取締りを必要とすることによるものと解せられるのである。してみると、たとえ本来貸席業が主目的であつたとしても、それに附随して浴場の設備をなし、貸席利用者である一般公衆に対し入浴せしめることを業とする以上、同様の取締りの必要が認められるので、公衆浴場法第二条第一項の規定は右の如き場合にもその適用があるものと解するのが相当である。そこで本件につき考察するに、原判決挙示の証拠によると、被告人は昭和二一年頃、原判示場所に所在する焼け残り浴場を入手し、その上に本件建物を建造して同年暮から浴場を開業したところ、約八ケ月位で風呂釜破損のため休業するに至つたものであるが、昭和二七年六月二四日浴場営業等を目的とする被告会社を設立し、その代表取締役となり昭和三〇年春頃、同所で公衆浴場を再開しようと企て、風呂釜を新造したけれど、同所から二五〇米以内の個所に既設浴場があつたため、知事の許可が得られなかつた。そこで、被告人は右会社名義で同年四月頃から同建物二階に舞台のある広間を造つて、テーブルを並べ湯茶を供し、テレビ、碁、将棋盤を備え、一般公衆の休憩や、素人演芸ができるように設備し、座敷料一日大人五〇円、子供二五円、半日大人三〇円、子供一五円、一時間大人一五円、中人一二円、小人六円、午後六時半以後は大人一五円、中人一二円、小人六円を徴して貸席業を始め、階下には男女別の脱衣場と浴槽とを設けて、座敷料を支払つた客に対し自由に入浴させていたことが認められる。右の如き営業形態からみると、一応貸席業が主たる営業であつて浴場はその附属設備の如くであるが、一般公衆に対し入浴させることを営業の一部とする以上、やはり前記の理由により、公衆浴場法にいう公衆浴場たるに妨げないと解する。加うるに、本件の場合その利用者の実体につき考察すると、二階の貸席を利用するのは昼間主として近郊所在農村の人であつて、近所の人達は一般公衆浴場の入浴料と同額の大人一五円、中人一二円、小人六円の料金のみを支払つて入浴丈けの目的で利用する者が多く、殊に、午後六時三〇分を過ぎると二階貸席担当の女中も終業して帰えるので貸席の利用者はなくなり、その後一〇時三〇分までの営業時間は、殆ど近所の人達が入浴丈けの目的で利用し、その人数は一日平均二〇〇人弱に及ぶことが明認できる。従つてこの点からみると、一般公衆浴場と何等異るところがなく、本件営業が公衆浴場法第二条第一項にいわゆる業として公衆浴場を経営する場合に該当することが明らかであるから、原判決が被告人高橋は被告会社の業務に関し県知事の許可をうけることなく業として公衆浴場を経営したものと認め、同法第二条第一項違反を以て問擬したのは正当であつて、原判決には所論の如く法令の適用を誤つた違法は勿論、法令の解釈を誤つた結果事実を誤認した違法も認められないから、論旨はその理由がない。
二、論旨は原判示第二の事実につき、被告人の過失を否定し、本件事故発生の場所は工事中の板の間であつて客席とは截然区別され、広間客席との間は机、長椅子等により仕切られた上、板の間には古材木等を積み重ねて通路を遮断し、なお被告人は女中に対し、送風機運転中は十分監督するよう申し付ける等危険防止の注意義務を果たしていたものである。且つ、本件事故の発生は被害者の母西村昭が、被害者の洗髪をしたため、被害者に扇風機で髪を乾かすように命じた結果であるから、寧ろ、西村昭の過失に起因するものであつて、被告人に責任がないと主張する。
よつて所論に基き本件記録を精査し、原判決挙示の証拠を検討して考察するに、本件送風機は原判示のとおり、演芸場に来集した客に送風する目的で右演芸場に続く約六〇畳の板の間に長さ二米六〇糎の軍用飛行機用木製プロペラを二馬力モーターで廻転させる装置をしていたものであるところ、客として入場した西村文子(当時六年六月)がこれに近付き、頭部をプロペラに接触し負傷の結果死亡するに至つたものであるが、司法警察員作成の実況見分調書(昭和三三年八月二〇日附)、同添付図面、及び写真、原審検証調書、同添付図面、原審第三回公判調書中証人渡辺又造の供述記載、五十嵐とみの検察官に対する各供送調書、五十嵐とみの原審証人尋問調書、原審公判調書中の被告人の供述記載を綜合すると、右送風装置は、もと板で囲いを造つてあつたが、昭和三三年八月上旬頃、被告人は前記板の間の改造工事をするに当り、その囲いを取り去り、本件事故の二、三日前に、板の間の床張り工事が終了し、続いて階下の改造工事に着手したのであるが、階下の工事は数日で完了する予定であつたので、その後に再び囲いを造る考えで、右送風機をそのまま前記板の間の東北隅に据え付け使用していたこと、舞台のある畳敷約七〇畳の広間と送風機のある板の間との境は、南北に約三間半あつて、その南端から約一間半の所に柱があり、その柱と南側窓との間は「ぬき」三本を渡し縛つて仕切りとなし、右柱と北側窓との間約二間半にはベンチや机を並べ、一応の仕切りとなし、板の間には古材木、長椅子、盥、バケツ、乳母車等が雑然と置いてあり、釘のついた古材もあつて貸席利用の客の出入りする場所でないことは容易にわかる状態にあつたことはこれを認めることができるのであるが、右のベンチや机は固定してあるのではなく、剰え、大人が一人位通行できる位の間隙もあり横に渡した「ぬき」も跨いだり潜り抜けて通ることも可能な状態であり、板の間に雑然とあつた障害物も、その間を避けながら歩けば通行できる状況であつて、現に女中五十嵐とみは送風機のスイツチを開閉するため、七〇畳の広間から板の間を通つて送風機のある場所に往復していた事実も認められる。しかも、本件貸席には舞台で行われる演芸を見る子供連れの客が多数来集していたことが明らかであつて、その子供等の中には前記の如き仕切りを無視して板の間に立入り、或は好奇心から送風機に近付くものゝあることは容易にこれを予測することができるのであるから、その管理者たるものは、原判示の如くかゝる危険な装置については厳重な柵又は囲いを設け、危険の発生を未然に防止するため万全の措置を構ずべき業務上の注意義務のあることは明白であるといわねばならない。然るに被告人は前記の如き簡単な仕切りをしたのみで、送風機の周辺に柵又は囲い等危険防止につき何等特段の設備をもなさずしてプロペラを廻転せしめたのは右注意義務に違反した過失があるといわなければならない。又被告人が送風機の危険防止につき女中に対し厳重注意を与えていたとの点については、当審における証人五十嵐とみの証言中右主張に副う部分は、同人の検察官に対する供述調書(昭和三三年一二月二日附)、同人に対する原審証人尋問調書に照らしたやすく措信し難く、他にこれを認むるに足る証拠がないばかりでなく、仮に同証人の証言する如く被告人が女中五十嵐に対し、送風機を回転させるに当つて監督するよう注意を与えたとしても、同人は女中として他に仕事もあり、送風機の監視に専従する者ではないから、到底同人に対し充分な監督を期待できる訳でないから、これを以て被告人が注意義務を尽くしたとはいえない。又、西村昭が被害者文子に対し、扇風機で髪を乾かすように言い付けたとの事実については、証拠上これを確認するに足りないのであるが、仮りにそのようなことがあり西村昭の過失が認められたとしても、それがため被告人の過失責任が無くなる訳のものでもない。
以上の次第であつて、原判決が本件につき被告人の業務上の過失責任を認めたのは正当であつて、原判決には所論の如き事実を誤認した違法は存せず、右の結果は当審における事実取調べによつても変らない。それ故論旨は理由がない。
(山本謹 目黒 深谷)